星と、日々のできごと。
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わたしは、あなた
 

占星術が、人間の世界で起きていることを読み取る技だとするなら、わたしは書かなければならない。

死ぬか生きるかという時になって、生きることよりも何よりも

書いておかないと!という気持ちに動かされている。

 

現在空の上で、木星と土星が真向いで向き合っている。

木星は『信念』、土星は『恐怖』。木星は『希望』、土星は『絶望』を表す。

文字通り、この地震を経験しているすべての人が、希望と絶望の間で揺れている。

このパターンをひっくり返す方法は、自分の今の経験には『意味』と『目的』があるということを知ること。

そしてこの地震が終わったあとに、必ず自分の信念を現実の生活において実現すると決心すること。

 

これから更に残酷な現実が突き付けられるかもしれない。

でもけして自分を「弱くて非力だ」などとあきらめないで欲しい。

恐怖のあまり他人を支配しようと思わないで欲しい。

わたしは、あなたで、あなたは、わたしだ。

 

地震が起きた時、土星は3室、天秤座で高揚。

この場合、コントロール不能なもの、他者と心を通わすことに困難を覚えると言う。

責任を受け止め、知性の力というものが想像以上に強いということを信じよう。

 

今後は、以下の日にちに気をつけて欲しい。

3月18日AM6時頃 地震に注意(月柔軟宮、海王星オポ、第2フェーズ)

3月20日AM4時頃 地震に注意(スーパームーン、火星土星オポ、アングル)

3月21日以降 政権交替→臨時政権樹立(天王星、冥王星とアスペクトした後の太陽お羊座入宮)

3月29日 現在の構造の衝突。二択を迫られる(木星、土星のオポの完成)

4月3日 政府の方針が明確に。行動(火星魚からお羊へ)

4月20日前後 残酷な出来事、衝突(火星、土星のオポ)

7月 ひとまず落ち着く(木星、土星のオポ解除。木星、冥王星トライン)

 

けしてあきらめずに生きのびましょう!

わたしは、あなたで、あなたは、わたしだ。


目の前の必要なことを頑張ろう。
同僚の占い師兼女医さんが、通勤途中、目の前で倒れた人に心臓マッサージと人工呼吸を施して蘇生させた。そして、「目の前の必要なことを頑張ろう」とツイッターでつぶやいていた。
テレビを見て実家に戻ろうか迷っていたが、パニックに加担するくらいなら東京に残り、できることをやっていこう。人生の半分は過ぎたし、放射能を浴びても占いの資料を少し書き残す位には生きていけるだろう。
18〜21日は満月が月の近地点に重なる。引力の満ち引きが大きくなるので地震が起きやすいらしい。注意しながらみんなで生き延びましょう!
ネパールの先生

 

Mixiに“ネパールから占い師が来ます”という告知が出た。

日本でネパールのカレー屋さんをやってる方が、たまたま占い師の方と出会ってそのあまりの当たり様にびっくりして占い会を企画したらしい。

値段も手頃だし、何よりもそのびっくり様が本物!という気がして行ってみた。

 

そもそもわたしは占い師なんだけど、研究から始まってるのであんまり人に占いしてもらったことがない。

松村先生に3万で。石塚さん無料。渋谷で980円、Uさん無料、水戸の先生1万2千円、木星王先生5千円。生涯でコレだけ…。

しかも何故だか占われることになってしまい…ってことが多く、自ら積極的に求めていった感じではないのよ。んが!今までの人達、ことごとく当たっている。てか、占い師ってこれくらいズバズバ当ててくんだね。って感動の方が大きく、2ちゃんとかで『当たらない!詐欺だ!』って言ってる人の気持ちがわからないヮ〜。

金運も男運もないが、占われ運だけがあるんだろうか?余り役にたたんような気もするけど。

 

で、今回もほんっと感動して帰ってきた。

ネパールの先生はネパール語なので、間に通訳の人が入ってくれた。

先生が名前を聞いて、ノートにアルファベットでKYOKOと書く。苗字はあんまり関係ないようだ。何か数字を書きつけているから、数秘術も入っているのだろうか?

一発目から「あなたは兄弟いるの?三人?ん?二人?なら一人が死んでるね。」って言ってきた!その通り…。母は一番上の子が生まれて直ぐに亡くなっているので、ずいぶん悲嘆にくれたと聞いた。何だかこの時点で既にグッと来ている。

先生はこちらの額の辺りをじっと見て、ノートに数式のようなものをサラサラ書きながら話していく。

先生「「△□%&Canada,America,Asian,E####…。」

通訳「あなたに縁のある人は、カナダ、アメリカ、イギリス、アジアにいるよ。」

私(え…?水戸の霊能者の人には青森にいるって言われたんだけどw)

私「えーと、今まで占いのシステムを作ってきたんですけど、中断してるんです。この先作れることってあるんでしょうか?」←何処に行ってもこんなんばっか聞いてるなぁ・・・。

先生「△□%&####…。」

通訳「ん〜…。あなたは書いた方がいいね。システムというのは何かコンピューターを使うの?使うとすれば間違える。ミスする。」

私「!!! そうです。詳しく言わなかったですけど、わたしは書く方やアルゴリズムを担当してきました。プログラマーは別にいて…。」

「そう。ならいいんじゃない?今は何の仕事をしていますか?」

「今は、、、占い師をしていますw」

「人を観ることは向いているね。話がうまい。声に惹きつけられて人が話に納得する。」

(え〜??技術じゃないの〜??w)

「今は何人くらい観てるの?」

「一日8人から10人です」

「うーん。多いね。7人がベストだよ」

「私もそう思うんですけど、値段あんまり高くしたくないんです。たくさん見た方が勉強にもなるんで。だけど疲れて来てて。値上げとかしても大丈夫なんでしょうか?」

「時間をちょっとオマケして、高くして少ない人数見るといいよ。安すぎるとプライドがダメになる」

「はぁ。分かってはいるんですが…。後、独立とかってあり得ますか?」

「今から6ヶ月と15日超えたあと、それからならいつでもいい。木曜にスタートするといい。システムもそう。3月17日がベスト。あなたは3月〜7月がOK.8、9、10月、ダメ。1、2月もあまり良くない。3月からがベスト。」

「あ。じゃあシステムも作って大丈夫ですか?」←水戸の先生は今年の5月に何かあるって言ってた。

「いいよ。今からでも作れるし独立できる」

「んーー。お金ないし準備できてないです」

「お客さんはあなたを探して来てくれるよ。自宅でもOK」

(えっ!?あの豚小屋にお客さんを呼べとな?w)

先生はニコニコ笑いながら私の顔をもう一度みる。そして少し悲しげな顔をして

「苦労かけてきたね。両親に」;って言った。

・・・・。どうして分かるんだろう。それこそが私の思春期からつい最近までの苦しみの大元。何度も何度も夢ばっかり語って迷惑かけてきたアレコレが、走馬灯のように駆けめぐる…。

私のでっぷり太ったまんじゅうのような顔から『苦労』を読み取るなんて、あんた只者じゃないヮっ!先生〜〜っ!!

 

「結婚はしてるの?」

「いえ、まだです。」

「幾つ?」

「44才…。」

「んー。48才〜78才の間に結婚するよ。」

ながっ!!!

「今までに恋人は?」

「特には…。」

先生はやっぱりネ。って顔をした後、では、あなたの為に祈りましょう。と言ってわたしの手を取った。

「あなたに彼氏ができるように。それとしあわせになるように」

先生はマントラのような呪文を唱えながらしきりに宙を見る。

で、かなり長い間手を取り、ビートたけしのように首をコキッコキッって何度もかしげる。

最初はジ〜ンって感動してたのだが、お祈りが長すぎて何だか不安になってきた。

“あたしってそんなにダメな霊みたいなものがついてんだろうか?”

最後に先生はわたしの手をポンポンと叩いて、これでよし。って感じに微笑んだ。

 

そしてまた真顔に戻り、ノートに数式をサラサラ書いていく。

「今までに悪い時期が3回あったね。78才でお腹、胸を患う。気をつけなさい。死ぬのは86才。普段は言わないけどあなたは占いを勉強してるから言う。」

「先生っ!あたしも自分で占いして86才で亡くなると思ってました。」

「Good! …君はH知ってる?」

「ん??あぁ!H…。ちょっと前に亡くなりましたよね。」

「そう。彼を占ったことがある。死期も見た。14秒だけ違ってた。」

す…すげぇ…。

「使うといい色。黒、白、青、黄、紫、クリーム、ピンク。南、南枕で寝るといい。友達は男。右手の人差し指に4カラットのトパーズの指輪するといい。」

「4、、、4カラット…。」

「無理ならチェーンで首から下げるのもいい。」

さいですか…。

 

「あのぉ、先生。これってホロスコープじゃないですよね?インド占星術なら四角い?チャートを出すと思うんですが。」

「チャートも使うけど、顔に刻まれた形で読むんだよ。」

「へ〜!すごい!先生の占いは霊感としか思えないんですが、アカシックレコードみたいなものは読みに行くんですか?」

「いや、すべてテクニカル。技術。」

「すごいなー!ネパール占星術!どうやって読むんだろ!?」

「ネパール来るなら教えてあげるよ。13時間〜4時間教える。1年で何とかなる。」

「ほんとですかっ!?」

「うん。占星術習得した人ならもっと早く覚えられる」

「ひゃーーっ!行きたい;っ!あたし行っちゃうかも〜!!!

「来るといい。ぜひ来なさい。プライベートの弟子だね。カナダからもそういう弟子が来たことがある。」

「いや、先生、すぐにでも行きたいんですがお金が…」

通訳の人「ん?ネパールはちゃんとした下宿みたいな所で1か月1万円。5万円もあれば暮らせるよ?」

「ま、マジですか〜!?」

先生「インドの大学で教える科もあるけど、休講が多い。プライベートがベストだね。」

「ヮ〜!!!マジ行っちゃうかもっ。あ、でも通訳付きか…、ネパール語もやらないと!ああ〜んっ!!!」←身もだえ

「ハハハハw」

通訳の人「先生はネパールの大学出てインドの大学で神学と占い学んで、その後ずっとネパールの役人してたんだよ。そのあと占い研究して34ヵ国位回ってる。」

「すごいですねー。あ、先生に習うなら先生とわたしの相性見ないと!」

「おぉ。わたしの生年月日は○年○月○日○時○分だよ。」

「すげ。そのお年なのに分まで分かってるんですか。レクティファイ?」

 

そして先生のチャートを出してみたら、すごいキツイTスクエア。活動宮のクレーバーな星々。ネパールのような政権が複雑に移り変わる国の中で、自分をつらぬくのはさぞ大変だったろう。感情に溺れる魚月のわたしには分からないご苦労もあったに違いない。

「先生は50歳くらいに転機があったのですか?その集大成が今来てます。本を出すとか講演されるとかすればいいのに。」

「おぉ、そう。わたしは50歳から研究した内容を元に活動を始めた。本も出るよ。」

「わ〜!!日本では翻訳されるんですか?」

「いや、日本では出ないね。今までの役人としての活動とかネパールの政治についての本。」

「ぇえ〜?星の本かと思った…。んんーー。これ、マジで書いた方がいいですよ。占術の本!」

「そう?ww」

「あと、先生、若い女のコ好きですよね?」

「おぉ。それはどこで分かった?」

「あの、ビーナスとドラゴンヘッドがデスネ…。」

以下、延々星ばなしが続いた。

 

わたしは、。 松村さんのところを出てから、師匠と思える人にずっと出会えなかった。

ずっとこんな風に誰かと、星について飽きるまで話したかった。

こんなに何度もおおーっ!そういうことかっ!て、感動の波が打ち寄せる体験をしたのは久しぶりだった。

お金も色気も何もない、何処の馬の骨とも知れぬわたしに向かって先生は、他の人の鑑定の合間にも手招きして呼び寄せて、

「わたしが居ない間はこういう風に勉強しなさい。」と言って自分の占術の一端を惜しげもなくノートの切れ端にサラサラ描いた。

・・・・。てか、今読み返してもネパール語だし、達筆すぎて分かんねえですョ。せんせぃ…。

 

わたしは、今日からお金を貯めようと思う。

今までいざとなったら親にばかり頼ってきたわたし…。今度ばかりは自分の力でネパールに行かねばならない。それが出来なきゃそれしきごときの人生なんだろう。

先生は頭良すぎるし、多分わたしは勉強に苦労するだろう。だけど、このまま日本に居て翻訳された文献を孫引きしたり、人の講義を丸写しでブログに載せたりするような占い師になる位なら、長い時間かけて本物になってみたい。

 

幸い1ヶ月の食費が10万を超えるわたし。ここを抑えるだけでもかなり貯金できるはずなんだけど…?

しかも。お祈りのおかげかどうか。西友の花売り場でチューリップをジッと見てたら、警備員のおじさんが「今日は早いね!」って声かけて通り過ぎてった。

…ま、その位のことなんだけど、男運皆無のわたしにしてみたら、スゴイことなのよ。これって…w

 

 

 

 

 

坂の途中の石屋さん


下やんと食事の約束してて、道に迷った。

夜の8時を過ぎてたので辺りは真っ暗。なんか木が多いなあってよくよく見れば広大な墓地が広がっていたりして、どこに居るのかさっぱり分らない。

ウロウロして坂道に差し掛かった辺りで、ほんわり灯りのともるウインドウに引き寄せられた。

アクアマリンのブレスが飾ってある。

ほぅ、こんなとこにもパワーストーン屋が。今流行だからねぇ。なんて近づいて値段をみたら、どうも間違ってるらしいのよ、。

うん?3万8千円の間違いでしょ・・・? 3,800円ってあんた・・・。

ところが隣のガーデンクオーツのネックレスが4,800円。インカローズで8,000円。ウン。これなら妥当か?ってか、やっぱ安いじゃん!

(↑石の相場が分らぬ人にはさっぱりかもしれませんが・・・。)

 

やーん、店構え宝石店っぽいし場違いかしらん?と思いながら好奇心に駆られドアを押す。

中からシュッとした涼しげな女性が出てきて「こんばんは」って言う。

化粧気のない少女っぽい感じが好ましい。

思わず「あの、何か安い気がするんですけど、この値段なんですか?」

って聞いたら、そうだと言う。

ええーーーーっ・・・・?

 

しばらくクルクル回遊して石を手に取って見るのだが、どれも清潔で筋が通っている。

わたくし、北原はど素人ながら去年一年石にはまり、給料を前借りしながら業者を渡り歩いておりました。

ビーズを一連で買ったことのある人なら分ると思うけど、中には傷や濁りのあるものが必ず混じっている。そういうのを外していくと非常にすっきりしたたたずまいになるんだけど、その分1個辺りが高くなるじゃん?絶対この値段で出せる石じゃないんだけどなぁ。なんかKCとか愛光堂とかで扱ってるクラスの石がほぼ半値。

聞いてみたらデザインと工賃をできるだけ落として提供してるんだって。

 

しかも接客がつかず離れずで心地よいのですよ。ドアマン置いてソファで膝まずけば素晴らしいって思ってる銀座のVに研修に来てもらいたいくらいである。

従業員の女性と話しこんでいたら、奥の工房からご主人も加わって淡々と楽しげに石の説明をしてくれる。

わたしがラブラドのペンダントヘッド買おうかどうか迷ってたら、隣から女性が「○○は、お客さんが迷ってたら買わせないんですよぉ」ってコロコロ笑った。

お嬢さん、○○さんを信頼してるんだネ。あ〜ん。ナンだか学生時代に修行したかえる堂のご主人と若き日のわたしを思い出しちゃうわぁ。

 

て具合に、日頃のやさぐれ気分がすっかり解きほぐされて店を出た。

そして歩きながら、自分の仕事のやり方をつい振り返ってしまった。

あの人達に比べて、最近のわたしの心構えはなってなかったなーなんて。


占い師になるまでは、「キャンセル料頂きます」とか、「1分毎に延長料金取ります」って書いてある占い師のサイトを“世知がらいなー”って思ってたわたし。それくらい鷹揚に構えたらどうだよ?って思ってたんだよね。

んが、自分が接客する側にまわると、そう書きたくなる気持ちも分ってきた。

みんな自分だけ10分くらい遅刻してもいいだろう、ちょぴっとオマケで延長してもよいだろう。って思うんだよね。

こちらは次のお客さんまでに気持ちを入れ替えて鑑定したい。そのために30分休憩を入れてあっても、“一人ずつちょこっと”にサービスしていくと、廻らなくなるんだよね。

そうすると1時間あいだを空けようか、なら鑑定の単価も上げないと。とか息苦しいことになってくる。

 

実は、わたしは自分の占いは、業界の相場で1時間1万5千円は取れるレベルだと思ってる。(←大きく出てみた。)

だけど自分のポリシーとして、占いなんてかけ蕎麦みたいにふらっと寄って元気になって、二度と来ないってのがいいと思うんだよね。

私が客なら、当たるかどうか分らない占い師に3,000円以上は払えない。

3,000円なら遊んでみてもいっか。っておもう。

5,000円払ったら5,000円の、1万円払ったら1万円の何か求めるものがお客さんにはあって、それに合わせていたらわたしの提供したい占いとは微妙にずれてくる気がするのだ。

 

その人のことを思って、哀しいようなうれしいような足取りで街をさ迷ってたら占いの看板が出てました。入ってみました。ユニクロ着たさえない占い師のおばちゃんが結構面白いこと言って笑わせてくれて、しかも星って案外当たるねと思った。チャリーン。三千円なり。

そんなんでいいのじゃないか?

 

で、こういう風に構えずにフラリと来るお客さんが案外面白い。当日、必要に迫られてやって来るお客さんってのは、星から見てある一定の共通項がある。

“一週間にわたり、5日程の誤差の範囲で、同じ誕生日の客が続く”のである。

これを占星術用語に変換するなら

“月がアングルを変える毎に、オーブ5度の許容範囲内で、同じ宮の客が続く”と言えるだろう。

 

去年から何だか不思議だなあ。と思ってデータを取ってるが、ある時期なんて800人見たら320人がこの条件に一致してるのである。

詳しく調べて後からUPしてみたいが、そのように「商売」という範疇を超えた不思議が自分の身のまわりで起こっていることをありがたいと思う。

つまりわたしが当ててるんではなくて、星がこう来た時にはこう!を地でいってる、星に突き動かされたお客さんが集まって来ているということなんである。

 

客商売はつらいことも多いけど、扱ってるものが大好きで、何らかの手ごたえを感じていれば、伝えたい人に必ず伝わる。

今年もあと少し。初心に戻って元気よくお客さんを迎えよう!

 

 

 

 

 

 

 

水戸の先生


 

古くからのお客さん、FさんとFさんの彼、わたしで水戸までドライブした。

水戸にいらっしゃるという霊能者の先生に会いに!(キャッ!)

 

去年の冬に占いに来たFさんから、水戸の先生の噂を聞いた。

メチャクチャ当たるらしいんだけど、紹介制。

幸いFさんは見てもらったことがあるそうで、その場で予約の電話をかけてくれた。

ところが、空いてる日にちは半年後の5月とのこと。

「ワ〜!いつでもいいから予約取って〜!」とお願いしたものの、

昨日まで予約入れたことなんてすっかり忘れてた・・・。

 

Fさんからの電話でギリギリ気づいて、セーフ。無事、占ってもらって今、帰途のカフェでこれを書いてる。

 

ハ〜・・・・・・・・・・・・・・・。 すげぇな 霊能者!!!

あたし、占い師になるまで霊視とかろくにしてもらったことなかったけど

ここまでスゴイのを見せつけられると、ほんと自信なくなる。

つーか、単純に感動! やっぱ目に見えない世界ってあるんだなぁって、うれしくなる。

 

先生は沖縄出身の50〜60代くらいの女性。

紙に書いたわたしの名前と生年月日をジーっと見つめて、話をはじめた。

(以下、先生の口調は素朴な沖縄弁に変換してお読みください。)

 

先生: あのね、あなた杉並に住んでるの?この場所はすごく寒くないですか?

風がピューピュー吹き込んでくるというか、寒いよね。

 

わたし: う。は・・・。そうです。(うなづく)

 

先生:湿気があるというか、水分を含んだ土地で、気温が上がった時はグーッと気が上がって、そうでない時はグッと寒くなるというような。

 

わたし:(確かに、わたしが今住んでいるところは、地面から冷えがシンシン上がってくるような家である。泊まりに来た浜ちゃんが、“サビアン先生、寒いでチュ〜”って涙ぐんでたくらい。)

え〜と、この場所は出た方がいいんでしょうか?

 

先生: いや、動かなきゃいけないのに、あなたの腰が上がらないのね。

そこがダメというより、身体が冷えてます。これから、子供を産む、妊娠とか出産を考えるんであれば、そこに長くいたらダメね。

でも、あなたが動こうとしないのね。ま。いいか。みたいな。

冷えて、動くのがおっくうになって活動してないことの方がダメね。

そこは、木が一杯あったとこで、雑木林みたいなとこ、そこを刈って明るい平らな土地にして、住宅をバーッと建てたようなとこ。でも近くに森とか林があるでしょ。

 

わたし: はい!その通りです。(まったくもってドンピシャ)

 

先生はやたら住居が気になるらしく、お玄関、開けたら狭くて暗いだの、この辺の描写がずっと続く。他の占い師さんにも住居の事は言われたことがあり、気になってはいたのだが、当のわたしに金がない=動けない。という事で、どうにもならん。

 

先生: さて、あなたは、今、人間関係と仕事のことで迷ってらっしゃるの?

 

わたし: アハァw。はい。

(昨日、仕事場で癇癪を起こしたばっかである。でも、とりあえずはシステムだ。システムのことを聞かなきゃ。)

えっと、わたしは前に占いに興味を持ちまして、それに関わるシステムを作ることを仕事にしてきたのですが、一旦中断になりました。また再開して作り上げることはできるでしょうか?

 

先生: うーん。それはまだ形にならない。一年は動かない。なんかパタッと止まった状態で一年行きそう。

 

わたし: ひぇぇ。一年ですか、、もう少し早く目処をつけたいんですが。春先にある会社からアプローチがあったので、このまま行くかと思ったんですが。

 

先生: うーん。それは途中で止まっているでしょう?もっと時間が必要か、あなたから相手にアクションを起こさないと動かないですネ。

 

わたし: うっはぁ・・・・ このまま作れるかと思ってたんですが・・・ 一年待たなきゃダメですか。

 

先生: それはどういうアイデアなの?

子供のように目を輝かせる先生。しばらくシステムのアイディアについて語り合う。

 

先生: ほほぅ。それは面白いネ。やっぱり人がワクワクドキドキするものだとイイネ。

 

わたし: ありがとうございます!・・・。どうでしょう、一緒に共感して作ってくれる人はいるでしょうか。

 

先生: 居ますよ。もう居るでしょ。でも、その人は面白い!と思ったら乗ってくれますよ。面白くなかったら、“一人でやってみたら?”って言われます。面白い!って思ったら早いですよ。すぐ作り始めます。

 

わたし: (フw・・・だよね・・・。w)

あと、今、渋谷で生活の為に占い師をしてるんですが、これはしばらく続けなきゃダメですか・・・。

 

先生: あ。それは続けます。好きとか、嫌いとかでなくて、もっと力強いというか、ね、柱になってますから続けないとダメなんですね。

(先生、力強く即答。)

 

わたし: (うはぁ、たまらん・・・) えーと、そしたら、一年くらいそのシステムの為に文章を書いたり準備するというのはどうなんでしょうか?

 

先生: ああ!それはイイね!あなたは文章を書いてね、その文章というのが、人の心を強く動かす。、こう、ワクワクドキドキするようなね?

読んだ人が感動したり、希望を持ったり、魂をゆさぶるような、そんな文章を書くんではないですか?人が勇気づけられるような。

 

わたし: あぁ。ハィ。それ、イイですね・・。というか、わたし自身が・・・占いに勇気づけられてきました。(涙ぐむ。)

 

先生: ウンウン。そうですよ。ね?それ、ワクワクドキドキするの、感じるでしょう?

 

わたし: ですね・・。では、システムとかそういうの後回しにしても、書くことから始めればいいということでしょうか?

 

先生: そうですよ。それが書けた後は、どこ持って行こうか?って考える必要はないです。“これが必要なら私にお願いしなさい”という感じで、自分の方で会社を選べます。

 

わたし: ワハハ!それィィなぁ☆

 

先生: そうですよ。そしてね、韓国語とかチャイニーズとか、もちろん英語とか、他の言葉も使ってドンドン世界に広まりますよ。

 

わたし: ワ!先生、実は話していなかったですけど、このコンテンツの肝はそれが大切で・・・。

 

以下、生々しい話が続くので省略w。

 

わたし: え〜、、後、先生は前世をご覧になるそうですが、わたしの前世って何だったのでしょうか?

 

先生: うん。 あの、一人で気ままにいます。家族が居なくて一人で趣味とか活かして生きてます。

 

わたし: ズコッ! (ぜ・・・前世でも今と同じかっ!!!)

 

先生: え〜と、日本でなくて、ヨーロッパとか、フランスの田園地帯みたいな所で、家族と御縁が薄くて、でも寂しいことはなくて、のびのび気楽に生きてます。

 

わたし: ウガーー。(前に他の霊能者からも同じことを言われた・・・。そういえば、リエット好きだったり、ハーブの名前見ると懐かしい感じがする。)

 

先生; うんw。何して生きてたかは分からないけど、興味を持ったことを活かして暮らしてます。

 

わたし: あの、先生、わたし、今でも同じような人生なんですけど、この先結婚とかってあるんでしょうか?

 

先生: あ。はぁ。あのね、結婚とかそういうの抜け落ちてます。本当に結婚したいとかあんまり思わないのじゃないの?普通の女の子が思うような“どうしてもしたい!”とかそういう感じがないです。

 

わたし: ええーー;っ!?(そ、そんなことないモン!)

 

先生: うーん。気楽なのが一番って思ってると思いますヨ。

 

わたし: で、でしたら、結婚って、もうないですか?(←くどい)

 

先生: うーん。いつとかってないです。あなたは、ロマンチストで好きになると夢中になるから、そんな人が現れた時がその時です。年齢は関係ありません!

 

わたし: そ・・そんなぁ・・・。現れないかもしれないですヨネ?

 

先生: w。 う〜ん。 その時が来たら、その時。

んーー。ご縁があるのは、出身が東北・・・。福島とかでなくて、宮城、仙台とか青森とか。んーー。うーんと南もいいです。九州とかでなくて・・・沖縄?

 

わたし: 知り合いはいますけど、、みんな結婚してマス・・。

 

先生: そうねぇ。出会うときに出会うし、そうなればつくすタイプだから何とかなりますョ。それよりも、自分らしい生き方をする方を大切にしていくんじゃないかな。

 

わたし; (先生っ!それって、結婚できないってことですかぁ〜〜!!!)

 

先生: ほほほ。それで、今はね、今あなたの後ろにいらっしゃる方は、男の人です。

70歳代〜80代の長老みたいな感じの人。えーと、摺った墨で文字をサラサラって書いて、それをもらった人が宝物にしてる感じ。

 

わたし: それって、僧侶みたいな人なんでしょうか?

 

先生: ん〜、僧侶ではないわね。なんか、学校みたいな所があってそこで学問を教えてる感じですよ。

 

わたし: 寺子屋みたいな?

 

先生: いやぁ、貴族みたいな人集めて指導してる感じよね。

 

わたし: (え〜?何かピンと来ない・・・。あ!そういや、2日前に学校で星のこと教えませんか?ってメールきたっけ・・・。乗っちゃおうかしらん?)

えと、その人は、わたしに何か気をつけるように言ってますか?

 

先生: その人という訳ではないけど、身体を絞った方がイイです。

見た目で言ってるのではなくて、ギュッと絞るとアイデアどんどん湧いてきます!

あなたは、もっと魅力を持ってるはず。それが太ってる事でボ〜っと止まってます。

DNAに糖尿の気があるし、血圧に気をつけて・・・

 

わたし: 先生!母とおばあちゃんは糖尿病です!

 

先生: あぁ。そう。そしたら尚更ネ。そしてどんどん書きなさい。

こぅ。ワクワクっ!ドキドキ!ね?

 

先生は、アハアハと笑った後、“サビアンさんのしてる占いってのに興味があるから

今、私の生年月日を書けば見てもらえるの?“と無邪気に聞いてきた。

先生のお客さんがその後も詰まっていたので、お手紙で送る約束をしてきた。

 

そして、今、先生の「ワクワクっ!ドキドキ!」って言葉を思い返すたび、胸の奥がきゅーんとして、暖かい気持ちに満たされる。

占いの世界に感動して、無我夢中で本を読み漁ってノートに書きつけた日々を思い出す。

 

わたしは、この所、占いすることに疲れてた。

口コミで広がるうち、そんなに占いが必要ない人もやって来る。

「説明はいいから!YESかNOかだけ教えて!」とか、「当たる!って言うから来たのに・・・」なんて、わたしの占いのスタイルでは、期待に添えないようなお客さんがチラホラ混じるようになって来た。

時間の配分を間違えると、長く待たせることにもなる。イライラするお客さん。店の内部からも不満の声が上がり、

「サビアンさん、そんなに全部見る必要ないんじゃない?質問された事にだけ答えればいいじゃない。」

みたいな意見もあってさ・・・。

 

でも・・・。 正直、えぇ〜ッ!!? って、感じ。

質問されたことに答えるには、ネイタルもプログレスもトランジットも見ないと何とも言えない。結局、全部見ないと、何とも言えない。

同じ土星が来ても、それを「試練」と取って逃げ出すか、乗り越えていくかは、その人の元々の資質と、今考えている事と、育った環境と、周りの人との関わりと、森羅万象の織り成す流れの果てにそうなる訳であって、

それをさ、ポーンとさ、「今、つらいよねぇ。後、2年続くよね。」って、条件反射で答える場合と、ウンウン頭の中でこねくり回してようやく「後、2年つづくかも。」って言うのと、答えは一緒でも、そこにこもる魂が違うのじゃないか・・・。

 

いやいや、正直に言わないとネ。

実は、わたしも

「こんな失礼な客に、なんで真剣に答えにゃならんの!? いっそ、あなたはこうなる!

ホイホイホ〜イ!きっと良くなる!結婚できるっ!がんばれ〜〜!!って、肩バンバン叩いて送り出しときゃいんじゃないの!?」と思ったことも確かである。

おまけに、カウンターでおしゃべりしまくる同僚にも、集中できなくてプチ殺意。あたしが特別神経質なだけかしらん?とか、何とか。もうネ。ハァ〜ぁ。

 

まぁ、要するに、まだまだ当てて行きたい盛りの駆け出しの占い師が、ちょぴっとばかり忙しくなって初心を忘れかけていた。というのが、ほんとのところだろう。

 

水戸の先生は何にも気負ってなかった。

当たろうが、当たるまいが、自分に視えたものを淡々とアハハと語っていった。

人を感心させようとか、人気が欲しいとか、そういった自我の生々しさからはてんとして開放されていた。子供のように無邪気にわたしの人生を語ってくれた。

 

それでわたしも何だか、わたしの占いもまた、これでいいんだ。と思えた。

もっと自分が納得できるように、歌を歌うように毎日占えたらいい。

自分の占いがやだな。と思ったら、もう一度原点の辺りまで戻ろう。

 

わたしの占いは、「何故そうなるのか?」を考える占い。

自分の人生にワクワク!ドキドキ!し直すための占い。

 

 

 

アマ占禁止令
               ウォ〜!!!



『占いが当たらなかったら、鑑定料を全額返す!』 って法律ができるといいと思うんだよね。

そしたら、占い師を続ける人はどのくらい居るんだろ。

全国に、まぁ多く見積もって占い師が2万人は居るとして。10分の一は残るかもしれない。

2〜3年経てば更に減って100分の一。10年経てば占い師と名乗れる人は、10人も残らないかも。

ボディは中年、魂中2のわたしとしては、最初は鼻息荒く『それでも続ける!』って言うんだろうなぁ。で、毎月3万くらいの売り上げで細々と続けていくような気がする。

 

『当たらなかったら全額返す!』試みを実際にやった人を知っているが、今でも続けているんだろうか。彼女は他に本業があって、月に1度の鑑定だからできたのかもしれない。

現に生活がかかっていると、ちょっと厳しい。

 

わたしは現在、月・火・水・木・金・日の6日間、毎日6〜8人を見ているが、100%当てることはまずない。過去と現在を当てるのはまぁ基本として、やっぱり未来を当てていきたい所なのだが、調子のいい時で打率7割、ダメな時は4割。まともに鑑定してれば、そんなもんじゃないだろうか?

もっとも、ズバリ当てた人は嬉々として再び会いにくるから分かりやすいが、外れた人はそのまま占いに来ないだろうから、影でわたしの事をジットリ恨んでいる人もいるだろう。そうすると打率は正味3割ってトコロか・・・。

 

占いとは“当たる・当たらないではない。”という心理学的アプローチの側面があることを分かっていてなお、やっぱ『当たる・当たらない』じゃねぇの?って気がする。

キリストだって最初に盛大に奇跡を起こしてみせたから、彼の考えがここまで広がった。

思ってもみなかった、想像もつかなかった方法で自分の心に踏み込まれた時、人はびっくりして感動するんじゃないかな。

 

で、こちとらキリストと違って凡人なので、星のチカラを使って何とか人のこころの奥底にダイブしようと試みる。

状況を根堀り葉堀り聞いたり、励ましたり、エンジェルがあなたの側に・・・とか、そうした商売テクはしちめんどくさいし時間の無駄なので、ひたすら過去と現在と未来をガンガン読んでいく。

で、この星とこの星とこの星がこう来てるから、こうだよね?こうだった!と恐れることなく言い切っていく。

「おじいさん、お坊さんだったよね?その人、字がうまかったからあなたも受け継いでいると思うんだ。だからアート的な仕事すればいいと思うんだよね。書家とかさ。」とか言いきって

「ええ〜〜!!? あたし書道家なんですよ!」って答える人もいれば、醒めきった目で「あたし、ず〜っと派遣で働いてんですけどぉ」って人も出てくる。

その場合もひるむ事なく「え〜?マジで?全然っ合ってないじゃん。じゃ、その場合は何処にその衝動が現れてるかって言うと・・・」と、客もほったらかしで頭ひねっていたりして、ま、傍から見るとずいぶん傍若無人な占い師にみえることだろう。

が、わたしの場合はそういう占い方法でいくしかない。「イワシの頭も信心から」というが、わたしは西洋占星術という“イワシ”の切り口から世界を眺めることにすっかりはまっており、この精度をとにかく上げていくしかないのだ。

 

占い師を始めた頃、日本語に訳された西洋占星術の本を3〜4冊読んだだけで「占い師」の看板を上げている人を見かけてびっくりした事もあった。

そんなちっぽけなイワシの頭を、どうして信じていられるのだろう?普通占いに興味を持ったら、紀伊国屋の書棚2棹くらいを読み漁って次のフェィズに進み、その内原書が読みたくなり、そしたら伝統的占星術まで遡りたくもなり、リリィ、フィチーノ、そしたらラテン語も・・・。天文学も・・・って、キリねぇよっ!!!

 

ぶっちゃけわたしもそこまでやってないですョ。原書の十何冊かを翻訳ソフトのチカラを借りて読んだ程度。にしても、ろくに勉強もせず営業テクだけ長けた占い師が跋扈するのには、我慢ならない。

年齢制限がない、先生と呼ばれる、短時間で稼げる、体のいい商売として『占い稼業』を見るよな輩が参入して来るのがとってもイヤ!

だってさ、占いをビジネスとしてしか捉えていない人って、占いを分かりやすく商品にする過程でエッセンスを骨抜きにするからね。

例えばオーブ5度を使う人は、何で5度なのか?って事に思い至ったことあるんだろうか?

アセンがこの星に乗った時はこうでああで。とか、何でそうなるんだろうか?

本、3〜4冊読んだ辺りだとそこまでは考えない。星がこうでこうなった場合はこう。をただ繰り返す。

 

それって、水道のパッキン取り替える『マニュアル』を覚えたのと大して違わない。

マックチキンを出されてボソボソ食った所で、あぶった野生の雉から滴り落ちる肉汁が想像できないのと同じ。

まともな研究者や、他の世界でそれなりの成果を上げた人が占星術の世界にガッツリ取り組んだら、現在居る占い師のほとんどが淘汰されるだろう。

が、残念ながら、この怪しげな世界に進出してきてくれる奇特な人はごくわずかだし、しばらくはキラキラと人を惑わしながら、声高に星の世界を語る人が大手を振ってゆくのだろう。

 

わたしの願いは、先人が残してくれたように、星のエッセンスを正確に後世に残してゆくことである。幸い毎日の鑑定という千本ノックを続けるうち、研究内容に実データという裏づけが出来てきた。

時間を見て、少しづつWEBや紙にまとめてみようと思っている。

そのエッセンスは誰かのものではなく、みんなのものである。誰かの権威づけや自我肥大の道具に使われてはならない。

 

ぶっちゃけ、占いなんて必要ない!という人が増えるのがもっと良い。

どうして自分の大切な人生のことを、出会ったばかりのオバチャンなんぞに3千円で占ってもらわにゃならんのヨ?

悩んだら悩んだなりに、側に話を聞いてくれる人がいるのがずっといい。その方が生々しくって親身だよ。人と人、宇宙と自分がつながっていると思える信頼感。そういうのは、ザラッとしててもリアルな日常から生まれてくるんじゃないかな。

 

ま、そんな日が来るまで、わたしは森の外れで細々とやっていこう〜っト!!

 

 

  

 

 

病めるときも 貧しきときも。

 

28歳の誕生日が終わる頃、わたしは南荻窪の外れにある『白い小屋』というアパートに引っ越した。

好きだった古美術の道を目指そうと独立したものの、まったく仕事にならず食い詰めた果ての選択だった。

そのアパートは路地の奥にある4世帯ばかりのアパートで、右隣の部屋で誰かがクシャミをしたら、左隣の部屋から「うるさいっ!」と声があがるほどの壁の薄さ。

そういう、いかにも・・なアパートでわたしが何をしていたかと言うと、ひたすらTVゲームをしていた。

 

カーテンを閉め切った部屋で夕方目覚め、コンビニに向かう。3食分の弁当を買い、部屋に戻って一気食いし、深夜から早朝にかけて音声を消したTVに向かい延々「風来のシレン」というゲームをしていた。

「シレン」は困ったことに終わりのないRPGで、村を救うためにダンジョンに潜っていくのだが、その度に怪物に殺され、殺された場合は身ぐるみ剥がれて無一文となり地上に放り出される。それは地下62階に降りても90階に到達しても同じことで、124階に行った辺りでおぉ・・・何か光が・・見えたと思ったらまた殺される・・・。

いい加減普通の神経なら、ここらで気がついて社会復帰しても良さそうなものだが、その頃のわたしは気が狂っているのでそうならない。

ただひたすらボタン連打で夜が明ける。

 

思えば、そのゲームの中で一緒に自分も殺されていたのかもしれない。

思ったようにはかどらない仕事。以前はあった自信も何もかもつぶされて、羽振りのいい時の友達も全部去っていった。

自分がずいぶん守られた環境に居たのだと知った。その世界から去ってしまえば残されたものは何もなく、ただパッとしない28の女が万年床の上で、毛布をかむって一人転がっているのだった。

 

そのうち見かねた妹が仕事を持ってきた。

「お姉ちゃん、ヒマなら短い文章500個書いて。タイピングソフトの例文。うまく書けたら3万あげる。」

 

・・・・・・・・。

igino michiwo みぎのみちを magaltutara まがったら koubanga こうばんが

ari あり masu ます。

 

ひび ごせいしょうの ことと およろこび もうしあげます。

 

200個超えたあたりで書くことが何にもなくなった。ビジネス文書の例文なんてそんなに続かない。

300個超えたあたりで書いていることが支離滅裂になってきた。

 

Yamerutokimo やめるときも mazushiki tokimo まずしきときも

 

やめるときも まずしきときも

 

いつまでも かわらない こころでいよう

 

ぼくらは たんたんと しゅくしゅくと いく

 

この ふねの ゆくさきを・・・

 

病んでいるのはわたしだ。今まさに病める時と貧しき時の中にあって、それを誰も知らない。あんなに大事だと思っていた何もかも、そのすべてを失ってしまった。

キーボードに涙がポタポタこぼれる。

いつこの状況に光が差すのか、それは延々と続いていくようにも思えた。

 

ある日、春の終わりの頃、魚の腐っている匂いがした。

足の脛が膿んで腐っていた。 それは嗅いだこともない、人が死んで49日目の匂いがした。

 

身震いがして、布団をはねのける。カーテンをガッと開いて辺りを見回した。

ダンボールと本と雑誌の山。埃、コンビニの袋、野良猫が吐いていったゲロ、脱ぎっぱなしの服、その他もろもろ。全部ゴミ袋に突っ込む。

窓を開いて、洗濯をして、体を洗って下着を変えて、一年ぶりに街に出た。

医者に行き「こんなになるまで!」と怒られ、薬を塗ってもらって、一年ぶりに一人でお茶をした。

その後、荻窪ルミネの本屋によって、目についた本を手に取った。「占いのシクミがわかる本」と書かれていた。

 

パラパラとめくる内、その中のひとつの言葉に打たれる。

 

“この世が、既知のもので溢れかえると、人の命は窒息してしまいます。

ドームのように蓋をされたこの世界の天井に穴をあけて、外に抜けていく体系が必要です。“

 

既知。 すでに知っていること、当然のこと、世間的に通用する常識、その他。

親が言うようなこと、友達が言うようなこと、会社が求めるようなこと。

大学で教わったようなこと、資格試験に出るようなこと、嫁に行けそうなこと。

金になりそうなこと、安心できそうなこと、安定していて前向きで爽やかで・・・

 

そのどれもが、わたしを救ってはくれなかった。

既知のものはうんざりだった。大人になることがこんなにも寂しいものだとは思わなかった。

信仰でもなく、商売でもなく、すべての人がこの世界のくびきから放たれて自由になれる体系があるというなら、ぜひともそれを知りたかった。

この本を書いた人に会って、会うまではひとまず田舎に帰るのはよそうと思った。

 

それから15年経つ。

わたしは占い師になろうと思ってなったのではない。

喉の渇いた乞食が水を求めて、求め続けていたらこうなった。

今もまだまだ飢えていて、あちこちの地面を叩いては水脈を求める。

 

幸いなる時と富める時の人には、占いは必要ないだろう。

 

やめるとき と まずしきとき の人に、わたしは語りかけたい。